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   <title>プレジデント　ブログ</title>
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   <updated>2010-08-02T00:26:44Z</updated>
   
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   <title>ボトル１本の黒インク</title>
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   <published>2010-07-27T04:24:41Z</published>
   <updated>2010-08-02T00:26:44Z</updated>
   
   <summary>先月３０日、６５回目の誕生日を迎えた。 課長になった３７歳の年。 記念の品にと、...</summary>
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      先月３０日、６５回目の誕生日を迎えた。

課長になった３７歳の年。
記念の品にと、父がモンブランの万年筆を買ってくれた。

執筆家用の仕様で、胴体もペン先も極太の仕様。どっしりとして、いかにも「何か書くぞ」と言った印象のものだ。
ビジネスを成功させるためには道具建てが重要だと思っていたから、格好のプレゼントだった。
ユーザー・ディーラーへのお願いや感謝の手紙、報告書類、コメント、年賀状、暑中見舞い、幹部社員全員への誕生日カードなど、すべて万年筆で書いているのでインクの減りは殊のほか早い。 

インクは黒で、太く悪筆の文字が、妙に迫力のある印象を与え、誰からの手紙か開封しなくても内容までわかる・・・そうだ。

      <![CDATA[週２～３回のペースでインクを補充していると、小さなボトルではすぐ空になる。
いつの頃からか、３６０ｍｌ入りのペットボトルのようなサイズのインクを購入するようになった。 

思い返すと、新しい職場に着任する度、ほとんど空になったインク・ボトルを捨て、異動先で新たに購入してきたのだから相当の量になる。ひとつの仕事を完成させるのに、手紙や葉書や書類に記入してきた文字の量が桁外れだったといえる。
書かれる文字の量は、仕事の取り組み姿勢のバロメーターだと思っていた。　
最近は少し筆記量が減ってきたとはいえ、まだ週１回のインク補充は欠かせないでいる。 

インクが最下点に近づき、底まで１センチくらいの量になると、
ボトルが、仕事の質はどうだったのか、と聞いてくる。
このインク・ボトルも、まる３年。
長い付き合いの万年筆は、修理しパーツを取替え、取替えして、ちょうど今年で２８年も使用してきたことになる。
ペン先が変形してきているので何度も取替えを提案されたが、手になじんだ角度に磨耗しているので、そのまま使い続けている。
インク・ボトルの底がもうすぐ見えようかという今、この職場でも最後のインク補充の時が近づいたようだ。
パートナーともいえる太い万年筆に、
　―あと少しがんばって見るかい？　と聞いてみたら、
　―次のインク・ボトルは小さめにしては？　と言っていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
満３年　足掛け４年の期間、　体質改善に本気で取り組んでいただき、
素晴らしい成果を生めるチームになられたプラス・ファニチャー・カンパニーのみなさん、
短い期間に見事な『進化』をされたこと、黒インクで書いた極太の文字で、おめでとう・・・です。

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   <title>『肩をはずす・・・。』</title>
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   <published>2010-07-13T01:32:57Z</published>
   <updated>2010-07-13T01:57:20Z</updated>
   
   <summary>ラグビーの試合中に繰り返し組むスクラム・・・。 フォワードは、ファースト・スクラ...</summary>
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      ラグビーの試合中に繰り返し組むスクラム・・・。

フォワードは、ファースト・スクラムの瞬間に、相手のレベルをその圧力で理解し、試合の組立てをする。
スクラムが互角の試合なら、バックスの優劣が試合の結果に影響してくる。
フォワードに圧倒的な差がある時、押し込まれる側に苦し紛れで『肩をはずす』者が出る。
『肩をはずす』と本人は楽になれるが・・・・チームのライン全体が押し込まれて後退するから、面の取り合いが目的のラグビーでは、味方を窮地に陥れることになる。

      仕事でもそれと同じことがある。
仕入れはフォワード・・・営業はバックスで得点をする部隊・・・と言うと解かりやすい。
フォワードは、華々しくボールを持って独走することは少なく、スクラムを押し合ったり、団子状態になった人の山に突っ込んでいってボールをかきだしたり、肉弾戦のタックルを繰り返すポジションであるから、ボール獲得やディフェンスに徹した目立たない裏方的なポジションかもしれない。
だから、フォワードが必死に凌ぎ合い競り勝って獲得したボールが回ってトライ出来た時、はにかみながら小さく手を上げフォワードに感謝するバックスの姿が、ワン・フォー・オール　オール・フォー・ワンの精神なのだ。（最近はサッカーのように派手に喜ぶ姿が見られるが・・考えものだ。）
これが前衛と後衛が一体となって目的を達成した時の感謝の表現なのだが、押し込まれたフォワードの中で、圧力に耐えられず、押し負け『肩をはず』して楽になろうとするメンバーが出始めると、勝利は一気に遠のいていく。　
チームのことより自分の苦痛を和らげる事を優先する・・・そうなると、楽をしようという心の弱さでチームは更に押しまくられる。
スクラムが弱いことと、『肩をはずす』ということは別だ。　スクラムを組み必死で踏ん張っていても押し込まれ、前方に自分のスパイクの痕跡が数本の線になって描かれていっても、仲間のために肩は外せない・・・・これが信頼だ。

先日　仕事でフォワードにあたる仕入れ部隊がルールやコスト・セーブを優先して、バックスにあたる営業が繰り返し願った強い要請に応じられないという事件が発生した・・・冷静に判断することが出来れば、実施することはそんなに難しくなかったが残念なことだった。
電車で２時間という遠方にいる仕入れチームに時間を取ってもらい、急行列車の中でどんな話が理解してもらいやすいか考えた。４３年前の事、スクラムの組み方を教えてくれた、先輩のことを思い浮かべ・・・『絶対に肩をはずさない心』を話すことにした。
仕入れ業務は、営業の痛みがわかる、仕入れでないといけない・・・どんなに厳しい条件があっても決して営業を見放さないこと。　どんな状況下でもスクラムから肩をはずさず、全力で踏ん張り営業のことを優先して考える調達部門であってほしいと、熱く話した。

帰りの列車の中でどのくらい理解してくれただろうかと気になった・・・。　　　
翌　早朝、マナーモードの携帯が震えた・・・仕入れ責任者からだった。
「絶対にバックスを見放さないフォワードに徹する」との真摯な反省に胸が熱くなった。
君達がすばらしい仲間思いのチームに変化してくれようとしていることを確信出来た。　
　　　　　　　　
　　　　　　　　　『ありがとう』　君達と同じチームにいられたこと、誇りに思っています。　　

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   <title>「笑顔」と「ありがとう」は最高のサービス</title>
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   <published>2010-06-28T00:24:34Z</published>
   <updated>2010-06-28T00:32:45Z</updated>
   
   <summary>笑顔で注文を聞き、「ありがとうございました。どうぞごゆっくり・・」と言って微笑ん...</summary>
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      笑顔で注文を聞き、「ありがとうございました。どうぞごゆっくり・・」と言って微笑んでくれる人に、僕たちはどんな気持ちを抱くだろう？


久しぶりに大阪に出張し、一人で夕食をとることになった。　
行き当りばったりだったが、それなりの店に入った。　
      『いらっしゃい！』、なんだか嬉しくなる間合いとイントネーション・・・なにかが違うぞ。
注文を聞きにきてくれたお嬢さんがまず、フレンドリーな微笑で対応だ。　　　
美人じゃないけど　ワザとらしくない、すがすがしい笑顔が、食事前の私を快適な気分にしてくれた。
『なにに　しはります？』
『今日は、これがお勧めです』
『味は、全部美味しいですから、お一人なら量はこちらがいいのでは？』など、明るくテンポのよい会話が心地良い。
東京でこのクラスのレストランだと、そつのない対応ではあるが、『おいしく食べられるぞ！』と気分が盛り上がることは滅多にない。
 
関西をひいきにしているわけではないが、関東と関西は何かが違う・・・。
関西はサービスの基本が、まず本気の『歓迎』なのが嬉しい。　
笑顔と軽いノリのフレンドリーな対応は、安心と人間的な暖かさを感じさせてくれる。
その店の亭主や従業員が、義務的で無愛想で食べさせてやってる・・といった雰囲気の店が流行るはずはないし、それがいいんだ、なんて東西のどんな客も思うはずがない。
 
貴金属や途方もなく高級なものを買いに来たわけではなく、期待した味で、気分良く食事したいだけなのだから、かまい過ぎない、素敵な笑顔の対応が何よりなのだ。
友人の若手経営者が言っていた。
「味の評価はサービスによって変化し、サービスと味と価格のバランスがよくない店からは、客は遠退いていく。最高の味をびっくりする価格で提供していくことが末長く人気でいられるレストラン経営のコツです」と。
そう！今の時代、快適サービス、高品質低価格でないと客はついてこなくなるのだ。
 
笑顔とありがとうの無償サービスは誰にでも出来ることなのだが、関西と関東のテイストの違いは何なのだろう。
ビジネスも私生活も、嫌味のないフレンドリーな笑顔で展開していかなくてはいけないね。
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   <title>困った『ごっつあん』文化</title>
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   <published>2010-06-14T00:20:18Z</published>
   <updated>2010-06-15T00:25:29Z</updated>
   
   <summary>力士は、食事に誘われご馳走してもらう機会が多いという。 食事の後の『ごっつあんで...</summary>
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      力士は、食事に誘われご馳走してもらう機会が多いという。
食事の後の『ごっつあんです・・』には、きっと「ありがとう」の意味もあるのだろうが、
もしも相撲の世界以外だったら・・・食いっぱなしの印象である。
      私は、繊維や家具、文具のビジネスで、長い間営業経験を重ねてきた。
丁稚の時代から信頼関係を大切にしてきて、長いお付き合いをさせて頂き、当時商談の窓口担当だった方も今や役員や企業トップになられている。　
お蔭様で、オフィス移転や新築時には、まず声をかけてもらえる関係ができあがった・・・大変ありがたいことだ。
ビジネスとは信頼関係づくりがとても大切だと、理解した上で行動できる社員が育ってきていることもありがたい。
 
人様の成功のお手伝いが自分の天職だと思っているから、支援した商談が決定した時は、営業担当と同じレベルで素直に嬉しい。　
ましてや営業経験の少ない人たちが予想を超える額の受注をしたり、他社に競り勝ったときなどは、大きな喜びがある。
案件を纏めるために裏方で仕掛けを組み、営業がそれに連動して大きな成果を出してくれたときはまた格別だ。
黒子に徹してはいるが、受注が決定した時は先ず、お世話になった方々への報告が何よりも最優先されるべきだと考えているから・・・知らぬ間に納品されて、納品時のクレームや月度報告で受注を知ると
がっかりさせられる。
そんなとき、無責任な明るい声で『ごっつあんで～す』と言う声が聞こえる気がする。
 
部下の仕出かしたことなら自分の教育が悪かったと反省も出来、指導すれば少しは『進化』するのだろうが、これが関係の薄い人物の依頼で下工作をして、何ヶ月もあとで顧客から「発注しておいたよ」などと聞くことがある・・・・そんな時は穴があったら入りたいと思う。
加えて、&quot;僕だけの力でこの案件を取得しました&quot;と言わんばかりに売り上げ報告をして、『ごっつあんで～す』の声だけが聞こえてくるのには恐れ入る。
『ごっつあんです・・』は、食いちらかしっぱなしの上に、顔に向かってゲップ！をすると言う意味だと教えてあげないといけない人がいる。
　
報告・連絡・相談を繰り返して、その中で感謝の気持ちを表現することが出来るような仕事をしていかないと、結局、天から降ってくる商談の納品段取り屋に成り下がり、新規案件や困難な商談から逃避癖がつき、継続した大事な顧客がつかなくなるよ・・・。
 
『ごっつあん』文化の拡散をここいらでくい止めて、すがすがしいビジネスモデルに『進化』させていく時が来ている・・・ようだ・・・。
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   <title>充分な『アップ』が生むもの・・・</title>
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   <published>2010-05-28T00:04:29Z</published>
   <updated>2010-05-28T00:48:05Z</updated>
   
   <summary>ラグビーの試合前に行われるルーチンがある・・・『アップ』という。   試合前、ス...</summary>
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      ラグビーの試合前に行われるルーチンがある・・・『アップ』という。
 
試合前、ストレッチから始まりゆっくりとしたラン＆パスなど・・・スピードと気力を、時間をかけて戦闘モードに仕上げていく作業手順のことだ。
最初はバックスとフォワードに別れ、だんだんと強さとスピードを上げて最後は本気でコンタクトして、お互いの調子を皮膚と筋肉を通して確認していく。
身体の当たり具合で調子がわかるから、試合中も、とっさの判断でカバーしたり、サポートしてもらったりが可能になる。
ポジション別の基本練習が終わると、合同で全体の動きの確認をする。凡ミスを防ぎ、パートナーとプレイを確認・浸透させていく時間だ。フォワード・バックス、いくつもあるお互いのサインプレイの確認が終わると、アップは完了しキックオフの笛を待つ。

      『アップ』は、チーム全体で戦う精神を相互に絡ませあい高揚させていく過程だから、気を抜けないとても重要なプロセスだ。
キックオフのホイッスルを聞いた後は、試合終了のノーサイドのホイッスルが鳴るまで、勝利への意識は変わらない。『アップ』の時より高いレベルでコミュニケーションがなされた試合は、特殊な連帯感に満ちて格別な気分で終わる事が出来る。
 
はるか昔は、試合相手の情報量が少なかったから、個人プレイで意表をつくアタックが功を奏し、独走できることもあった。最近は、試合前に相互の情報が充分に分析・研究されてか、オフェンスが一次攻撃で突破できるチャンスは減じてきている。相手の強み、弱み、個々のプレイヤーの特性をチームで共有し対処することなしに、勝利はなくなった。
勝つ為には相手の次の動きを予測し、組織で認知力を高めることが必要だ。その意味で『アップ』は、試合前に体調確認と全体の状況を共有し、相互にフォローしあう言葉少ない儀式で、信頼感の創造という観点からもとても重要なのだ。
基本練習や入念なアップをしないチーム、けが人が多く出るチームに、勝利のチャンスはまず無い。スーパープレイヤー1人で勝利できる団体スポーツはないように、企業において一人でやれる仕事はない。
昔は、一人で出来ることの少なさを知りながら、見えないところで仕掛けを作りこんだり、作業をしてきたが、今は違う。機器もセンスも格段に『進化』して、情報収集や分析など『アップ』の仕方自体が変わってきているのだ。チームが、大きな仕事に取り組みミーティングをしている姿は、試合前の『アップ』を連想させ、しっかりした情報交換がなされていくようで、嬉しい光景のひとつだ。マーケットに打って出る前の『アップ』を大切にして、&quot;チーム&quot;の意図に基づき作戦を練り、精度の高い戦闘能力に向上してくれている事に感謝している。
充分な『アップ』が生み出すものは、勝利へのコダワリなのかも知れない。　　
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   <title>関東と関西････関東方言と関西弁</title>
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   <published>2010-05-13T00:19:26Z</published>
   <updated>2010-05-13T00:23:18Z</updated>
   
   <summary>東京に転居して２２年になる。   およそ四半世紀前、関西弁はビジネスでは使用でき...</summary>
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      東京に転居して２２年になる。
 
およそ四半世紀前、関西弁はビジネスでは使用できない言葉に分類されていたようだ。
関西弁で通じたのはバイヤーというポジションだった時代で、営業になるとなんだか警戒されているような妙な抵抗感があって『あんた、関西人でしょーう』などといわれ、ひどく損をしたような経験を何度もしたことがあった・・・２２年前だった。　
      TVでの吉本興業の芸人さんたちの活躍で、最近は関西弁もメジャーな言葉に昇格したようだが、まだステータスが確保された感覚ではない。
お笑いが若者に人気となり、関西弁を話す人は全員『おもろい人』か『柄の悪い人』と勝手に二分され、中間がないような立場の言葉になった。
関東（徳川家康）が大阪城落城以来、言語文化的に鎖国させてきたせいではないかと思うのだが・・・（笑）
考えて見ると、今だに関西弁でしか思考しない自分がいるし、第一、東京弁もどきの言葉で話す時、考えていることが通じていないのではないかと感じた時期もあったが、子供は完全なバイリンガルで相手の出身地にあわせた言葉で対応している。　　
純粋な関西出身でもないので、言葉にこだわりがあるわけでもないのだが・・東京弁もどきを話す自分に大いに抵抗があった。
 
東京弁といえば・・・大阪を中心に西日本一帯で使われるイントネーションを関西弁というのと同様に、東京弁という言い方は正しくないとウィキペディア（Wikipedia）に掲載されている。正しくは西関東方言と東関東方言が存在するそうだが、現代の関東地方の若年層では、旧来の関東方言に代わり首都圏方言（共通語をベースにした新方言）が圧倒的になっているそうな。
一般的に東京弁であって関東弁とは言わなくなった理由は、東京圏で話されている言葉以外の関東語が多少訛っているから、区別の意味で東京の人が話す言葉だけを東京弁というのだろうか。確かに滑舌さわやかな東京弁を聞くと東京の人だという感じがするが、どうも東京の人ではないと感じる東京弁を話す人もいる。聞き分けたり、分類は出来ないが、栃木弁、茨城弁、群馬弁、埼玉弁、神奈川弁、多摩弁、山梨弁、千葉弁、山の手言葉、江戸言葉が混在して東京弁を構成しているようだ。
私の関西弁（正しくは神戸弁＋大阪弁）も東京の中で混在の余地を残されていて、業界と言われる商業集団の中で『あー関西弁のあの人ねー』といわれ、関西弁は私の代名詞になった。
喜ぶべきか、はたまた・・・。
 
先日大阪に出張してエスカレーターの立ち位置が関東と逆だったのに久しぶりに面食らった。　
私も思考と習慣は東京人になってしまったのだろうか？
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   <title>「もったいない」の視点でカタログｗｅｂ化</title>
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   <published>2010-04-28T06:32:49Z</published>
   <updated>2010-04-28T00:21:53Z</updated>
   
   <summary>紙の時代からｗｅｂへと大きな変化がはじまった・・。 紙の大量消費が成長の証だった...</summary>
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      紙の時代からｗｅｂへと大きな変化がはじまった・・。
紙の大量消費が成長の証だった２０世紀。
その名残はまだ私たちの日常生活に随分残っていて、地球環境を破壊して支えられる消費は、２１世紀に入った今も継続されている。
週末の新聞に折り込まれる膨大な広告や、送付されてくる華美な高級品カタログ、
衣料通販のチラシを見ていると、別段買うわけではないが、捨てるのもはばかられ・・・
「もったいないなぁ」と思ってしまう。

      カタログの配布部数と売上げが正比例していくとしたら、カタログを発刊する側の生存がかかった事なのだから仕方ないのだろうが・・・・。
個人的には仕方ないと思いながらも、紙からｗｅｂへのビジネスモデルの潮目も感じている。
８年くらい前に自分がカタログなしでは成り立たないビジネスモデルを興しながら、そんなビジネスの仕組みにも変化が必要だ、と感じるようになった。
ｗｅｂカタログへの切り替えを本気で考え始めて、はや３年が経過した。　
まだ未完成なｗｅｂカタログだが、ゴールが見えてきた。
今年HPに掲載したオフィス家具のカタログを、３００人の友人と会社経営者に送信した。　
有難いことに、忙しい経営トップから、いろんなご意見と改善提案の返信が届いた。
　
従来のカタログが受動的に見て頂くカタログだとしたら、ｗｅｂカタログはディーラーや企業の購買ご担当者に必要な時に送信して見て頂くのだから、タイムリーに役立たなくてはならない。
紙と違ってｗｅｂにアクセスするのだから、送料も紙代も印刷代も保存スペースも不要になる。
ディーラーに購入して頂いていたカタログも、ｗｅｂなら無料で発刊時期もフリーになるのだ。
メーカーにもディーラーにとっても、これより安いものはなく、紙の消費も無くなるのだから地球環境保護を実践しながら１００万冊でも２００万冊でも無償で何回でも配布することも可能になる。
１冊のカタログが、仮に１０，０００円の発注を創造するとしたら、１００万冊なら１００億円の売上げ増だ。
紙からｗｅｂカタログに切り替えることができ、最終の発注までできるようになればカタログ製作に投入してきた膨大な印刷代と紙代、受注の処理コストも時間も限りなくフリーになる。
 
『もったいない』という気持ちで自分のビジネスモデルを眺めて見ると、間接経費が大幅に削減できそうだ。
投入すべきコスト以上に高い評価を受けるチャンスがあるように思える。
いろんなことを、『もったいない』をベースに考えていくと、政府の言うCO2の２５％削減も達成できるのではないかと思えるようになったのは私だけなのだろうか。
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   <title>遠くになった「昭和」・・・時代</title>
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   <published>2010-04-13T01:37:04Z</published>
   <updated>2010-04-13T08:09:03Z</updated>
   
   <summary>朝、会ったとたんの 「おつかれさまでーす！」 に、１５年くらい前は一々ギョッとし...</summary>
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      朝、会ったとたんの
「おつかれさまでーす！」
に、１５年くらい前は一々ギョッとして「疲れて見える？」と反応していたが・・・最近抵抗しなくなった。
諦めたわけではなく、言語文化の変化のせいだと割り切ることにした。

日本語には、時と場合にあわせた美しい挨拶言葉がある。（あった）

　　　朝は　　　　　　　お早うございます。
　　　昼は　　　　　　　こんにちは。
　　　夜になると　　　 こんばんは。
　　　別れ際には　　　さようなら。

今は、全部まとめて　「おつかれさまでーす」・・・？
そういえば、自分だって、年齢と共に挨拶を簡略化していたっけ。


      
島根の故郷では、朝になるとニワトリ小屋のほうから、従妹が『おはよう、目が覚めたかねー？今日もいい天気だよー！』
鳥取では、小学校に行く時、小走りで角を曲りながら上級生に『今日もお迎えありがとう、嬉しいなー。おはよーございます。』
西宮の小学校では、集会委員長が朝礼で『前へナラエ、なおれっ、皆さんお早うございます！』
茨木の中学では、廊下をすれ違う上級生に『こんにちはー』
高槻の高校では、両手をポケットに入れたままクラスメートに『おーっす』
神戸で大学に行くようになってから、別れ際に左手をポケットに右手を挙げながら『じゃ！』 

大阪で社会人になった時、簡略化していた挨拶に変化がおきた。
『毎度ありがとうございます』　『お早うございます』　『こんにちは』　『こんばんは』　『お先にしつれいします』・・・
新人の時に、時間と状況に合わせた正しい挨拶言葉を、頭を下げながら言うことを教育された。
ところが商売に慣れる立場・年齢になったとたん、簡略化した挨拶が復活し、誰にでも『まいどぉー！』に変わった。
挨拶は相手と時間にあわせてチョイスをするものだということを教えられて育ったが、実際のビジネスでは違っていた。
戦争が終わった年に生まれ、復興から首都高や東名高速道路開通など高度成長へと向かう途上で、
コミュニュケーションの取り方も、挨拶の言葉も変化してきた。

会話の質を変化させたものは、携帯電話の絵文字の『進化』とPCの小型化かもしれない。

平成も２２年となり、平成生まれの若者が職場に就き始めて、言葉の持つ意味も大きく変化し始めた。
先日、友人の子供に、「おじさんの生まれは『昭和&quot;時代&quot;』？」と聞かれ、ぎょっとした。
昔、親爺たちも大正時代と言われて、同じ気持ちだったのだろう。
挨拶言葉が簡略化されていく中で、あの高度経済成長の前の、時間の緩やかにすぎていく
昭和が、歴史の片隅に押し込まれていき風化し始めていることを感じる。
せめて、お疲れさまです・・で始まる業務文章はやめて欲しいな、と思うのは、遠くなった昭和時代に生まれた私だけなのだろうか。

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   <title>「すぐやる」事は難しい・・・・・のか</title>
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   <published>2010-03-26T00:20:00Z</published>
   <updated>2010-03-26T00:21:13Z</updated>
   
   <summary>国際的な大企業にいる友人から、「リストラの影響で落ちたモラルを向上させたい」と講...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://online-plusplus.jp/president/">
      <![CDATA[<p>国際的な大企業にいる友人から、「リストラの影響で落ちたモラルを向上させたい」と講演の相談が来た。　　　<br />落ちた集団のやる気を取り戻すのは並大抵ではない。特効薬を探しているとのことなので<br />大きく重たい課題解決の手伝いをすることにしたのは、去年の秋だった。</p>]]>
      <![CDATA[<p>友達で成功している経営者の中から、課題にフィットする数名をリストアップしてみた。<br />最終的に、結婚式場やレストランを経営して若者に絶大な人気がある人物に頼む事にした。<br />快く承諾してくれたが、条件があった。　</p>
<p>　　　　　　　　-　マスコミがいないこと。　　<br />　　　　　　　　-　講演料は要らない。　<br />　　　　　　　　-　２時間で終了し大阪に移動したいので解放して欲しい。</p>
<p>すべて反対の理由はなかった。</p>
<p>　　　　　　 <br />会場には５０名くらいの社員と管理職とおぼしき人達がいた。　　<br />みるからに、やる気と熱気が溢れていたのは、若手と現場のトップが中心の最前列だった。 </p>
<p>隅に座らせてもらった私のそばにいた管理職らしい人物の軽い寝息とともに講演が始まった。<br />スタッフが壇上に呼び上げられ、軽いノリのやりとりで興味深い話が展開された。</p>
<p>　　・よいことは、「すぐ」にやる。<br />　　・おいしいと思った料理のレシピは、プライドを捨て、「すぐ」料理人から買うための交渉をする。<br />　　・競合の商品を買ってでも、「すぐ」納める。<br />　　・社会人の生き方は３年で決まる、失敗を多く体験し、それを改善できる者から成功が見えてくる。　<br />　　・小さなありがとうを毎日積み重ねていくと、大きな感動が、ありがとうの中から湧いてくる・・・etc</p>
<p>小さなありがとうの積み重ねが、社員の中で醸造されて大きな感動に育つ・・・そうだ！！私も「すぐ」やろう！ 　翌日工場に電話して、巨木の絵をデザインしたホワイトボードの製作を指示し、オフィスと工場にそれぞれ設置した。　ルールは、花型のカラフルなポストイットに『ありがとう』と伝えたい相手の名前と感謝のひとことを書いて、匿名で貼っていくという簡単なものだ。</p>
<p>匿名というのがミソなのか、嬉しい小さな『ありがとう』が毎月ボードを満開にさせ続け７ヶ月が過ぎた頃、講演の相談があった友人からボードの見積り依頼があり、提出してから、はや１ヶ月半が過ぎた。　</p>
<p>「すぐ」に実践するということが、そんなに時間のかかる難しいことなのだろうか？ふと思った。</p>]]>
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   <title>ビジネスメールに『会話』の添付を</title>
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   <published>2010-03-12T00:34:10Z</published>
   <updated>2010-03-12T04:21:00Z</updated>
   
   <summary>ビジネスツールとしてすっかり定着した電子メール。 伝達業務のほとんどを処理できて...</summary>
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      ビジネスツールとしてすっかり定着した電子メール。

伝達業務のほとんどを処理できて、実に便利な時代になったと思う。
メールの文章は短く、事実を伝える簡素なものに進化する。

その一方で、
人は、『会話』を面倒だと感じるようになったのだろうか・・・
ビジネスの運びは速いほうがいいから、メールで充分だと思うのだろうか・・・
      仕事上のやりとりを、メールで済ませる人によく出会う。
よほど作文能力がないと、本当に言いたいことが伝わらないのでは？
受信者が行間を読み込んでくれることを期待した文章は、意味不明の悪文なのでは？ 


そういいつつも、最近、電話での通信量が減っていること、特に固定電話で受発信することが稀になった自分に気づいた。

なにも『会話』は、言葉を交わすだけではない。
私は、名刺交換した人には、その翌日早朝に、直筆の礼状をＦＡＸすることを習慣にしてきた。感激してくれる人もいれば、何もわざわざと思う人もいるのだろうが、極太の万年筆で書かれた文字と、強いインパクトのある文章が相手の懐に飛び込んだのか、多くの知人、友人ができた。

先日、得意先の役員と面談した際、「（名前は忘れたが）あなたの会社の人物からの礼状」といって、FAXの内容を語ってくれた。面談の翌日早朝に送信されたという極太で悪筆のそれは、紛れも無く私の文章で、当時の購買課長へ２０年前に発信したものだった。

このヘタでも特徴のある文字が、私の声を相手に届けて心の『会話』になっていると思うと、メールの利用は手を抜いた感じがして落ち着かない。


ただ、時代はかわったのだから、メールと電話をセットにするなどして上手に相手に認められる技を持てると、忘れられない営業マンになれるかもしれないとも思う。

ITという猛烈に便利なシステムがビジネスの世界を動かしているが、人と人との感情のこもったやり取りが、電子メールの文章に成り代わることは難しい。ビジネスレターの重要性に加えて、メールの際には感謝の気持ちを伝える『会話』も添付されるといいと思う。
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   <title>いつか日本一・・・願えば叶う</title>
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   <published>2010-02-26T00:17:26Z</published>
   <updated>2010-02-26T00:50:50Z</updated>
   
   <summary>はるか昔、アポロ宇宙船が月面着陸した４０年前のことだ。　 ラグビー好きのメンバー...</summary>
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      はるか昔、アポロ宇宙船が月面着陸した４０年前のことだ。　

ラグビー好きのメンバー数人でクラブチームを創部した。
試合を申し込んで、グランドに行くと１０人くらいしか集まらず、相手の余った部員を借りて試合をするという、いつ潰れてもおかしくないチームだった。１９６９年春・神戸で創部したので六甲山の名をとり「六甲クラブ」としたものの、勝利とは縁遠くひどい状態だった。

でも、夢だけは『いつか日本一』と、デカかった。

      <![CDATA[部員とはいえ、 ラグビーには縁のない文化部の出身だった私は、帰宅してから毎夜、万国博予定地を走った。　まだ日曜日しか休みの無い時代に、毎土曜の夜、仕事を終え創部の主、K君の家で合宿を繰り返した。

練習以外の時間は、『いつか日本一』と繰り返し夢を話しあって、月日を重ねた。
いく度もの崩壊の危機を乗り越えて、気がつけば神戸で１位、阪神間で１位と緩やかに、彼方の夢へとステップを進めていた。

４２歳の秋、東京転勤を機に現役を引退した。　

引退試合は阪神間のクラブチームで混成されたチームと六甲クラブとの試合だった。
私にトライさせ、送り出そうと仲間が企画してくれた試合だったが、いつものように頭から突っ込んでラックの下敷きの私に、トライチャンスは回って来なかった。　みんなの気持ちが痛いほど伝わり、あと数分しか、この仲間とともにプレイ出来る時間が残されていないと思うと、ラストは寂しさと感謝の気持ちで涙があふれてボールも見えなくなっていた。　　 

ノーサイドの笛の音を聞き、汚れてツギハギだらけで色の抜けた赤いジャージを土の上にそっと置き、引退の挨拶で、それまで何百回も語った『いつか日本一』を語り、仲間に夢を託した。

東京でラグビーのことを忘れて仕事をしている間に、チームは近畿圏でトップ、西日本でトップグループへと異次元へ成長していて、ある日チームの全国大会出場の連絡が入った。
ついに 『日本一』への道が、わずかに開けた瞬間で、OBとしてこんな嬉しいことはなかった。
　

あれから３回・・・最後の日本一から１０年ぶり、創部４０周年の年に奇しくも４回目のクラブチーム日本一を手にしてくれた。　全国１２００チームの頂点だから凄いことだ！　
１９６９年春にヨロヨロと消えそうに立ち上がったチームの不安に満ちた時代から、『いつか日本一』の夢を持ち続け、願えば叶うと語り続けた仲間と、その実現に取り組んだリーダーと全部員に感謝するOB冥利の年末年始だった。

会社のメンバー、仕入先、OB各位の応援いただいたすべての人に感謝です。　

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　PLUSファニチャーカンパニー＆六甲クラブ　OB会々長　　中嶋光正

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="rokko-4.jpg" src="http://online-plusplus.jp/president/rokko-4.jpg" width="450" height="300" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></span>]]>
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   <title>「手帳」</title>
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   <published>2010-02-12T04:29:16Z</published>
   <updated>2010-02-12T08:21:17Z</updated>
   
   <summary>１４年間同じ手帳を使い続けている。 ある企業の顧客役員向けの手帳である。 品(ひ...</summary>
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      １４年間同じ手帳を使い続けている。

ある企業の顧客役員向けの手帳である。
品(ひん）の良い革製で、コーナーは金で巻いてあり、１年間の激しい使用に
耐えるデザインと、スーツの胸ポケットにぴたりと納まるサイズがありがたい。

11月末の、翌年のスケジュールがちらほら入り始める頃になると、新品のそれが届くのを心待ちにしてしまう。

手帳が届くと、私だけの越年作業が始まる。
      <![CDATA[まず最初にすることが、慶弔管理表の転記だ。　過去数十年に亘るお付き合いの
中から、創業記念日、先代社長・友人・社員の親族の命日・誕生日・結婚記念日など、
大切にしたい人の忘れたくない日を、顔や行事を思い出しながら書き込んでいく。
このひとときは、世話になった感謝と懐かしさが混ざり、複雑で妙に満足な気分に浸れる。

その作業が終わると、次は、手帳を自分だけの特殊仕様に改造していく。
経営に関するデータの縮小版を取り付けるスペース作成にはじまり、ポストイットの格納、
打ち合わせキーワード、読んだ本の気になる文章、ブログのテーマなどを、薄く小さなサブ・ファイルに収納していく。

なかでも仕事以外の重要なページは、ゴルフの成績一覧表だ。　

我ながらマメだと思う仕様に仕上げて、試合ごとに、友人の内容や年間の平均値などが記入できるよう、罫線を引いてページを構成していく。打数、パター数、パーオン率を記録していくことで、数字の中から課題が発見でき、向上への課題や改善点をデータから発見していける。 

ゴルフの記録と同様に、仕事の業績数字も手帳にファイルしていく。　
数字の転記作業で、指示が実行されていないことや、未解決の改善点や、辻褄の合わない数字を発見する事がある。そんなときは、収納ページからはがしたポストイットに担当者名と要件を記入し、翌朝、事務所に到着と同時に本人に伝え、回答が来るまで貼ったままにしておくので、指示したことは忘れない。 

なーんて、備忘録やら仕事のヒント集やらと毎年『進化』し続けている大事な手帳だ。　
私にとって手帳は脳の拡張補助機能であり、メモすることで脳が活性化され活動を始める、と思っている。手帳のお陰で、友人、知人、お世話になった人たちへ『感動』の伝達が感謝とともに忘れず出来ている。

この手帳がなくなると・・・・物忘れの激しい　唯の親父に成り下がるのかもしれないという不安感が、手帳を大事に『進化』させているのかも知れない。

手帳に感謝だね。

誰にでも出来る事も、長く続ける事が大切なのかなぁと、新しい手帳を眺めて思う。

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="techo-2.jpg" src="http://online-plusplus.jp/president/techo-2.jpg" width="400" height="226" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></span>]]>
   </content>
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   <title>『変わらない情報の価値』</title>
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   <published>2010-01-28T07:31:32Z</published>
   <updated>2010-01-28T07:39:02Z</updated>
   
   <summary>２５年も前のことだ・・・・。 神戸の所長をしていた私は、部下５名と兵庫県下のディ...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://online-plusplus.jp/president/">
      ２５年も前のことだ・・・・。

神戸の所長をしていた私は、部下５名と兵庫県下のディーラーを担当していた。
日本海側の得意先へは、主力の数社以外、顔を見せて商談を詰めるということは、
なかなか難しかった。

そこで、定期的な訪問の代わりの策は無いものかと考え、
購買実績のレポートを毎月郵送することにした。
大小６０社近い得意先に購買データを届けるのは
簡単そうでなかなかたいへんな企画だったが、毎月の実績表を手作りし、
一枚一枚丁寧にコメントを書いて発送することを始めた。

      今のようにＰＣで簡単に表計算ができる時代ではなかったから、
コンピューターから吐き出される大量の紙の情報を見て、電卓で再計算するほかなかった。
作業しているうちにあっという間に半月が経過してしまい、
情報の価値がなくなるころにやっと完成。
たった６０軒程度のデータも、手計算では大変な作業だった！

学生時代に経営機械化コースを共に学んだ友人と話しているうちに、
沖電気のif８００と言うＰＣ・・・おっそろしく巨大なデスクトップ型のマシンと
ソフト・オールマイティの組み合わせが、私の意図に向いていることが判った。
８０年代半ば、そのパソコンは１台１５０万もした。

それでも私は、得意先に送る月報は自分で作りたいと、夏のボーナスを全額はたいて
くたびれたデモ用マシンを３５万で購入し、ソフト開発に取り組んだ。
今なら簡単にできる計算式も当時は大変難解で、マニュアル片手に稼動させるまで３ヶ月。
出てきたデータは想像していたよりはるかに大きく、
６０軒の得意先データは、アウトプットに１時間以上もかかった。

おもしろいことに、この情報提供は得意先の社長からうるさがられた反面、
販売実績は確実に伸びて、チームは好成績を収めていった。　

２５年も前のことだ。
　
今は、コンピューターにデータを落とし込み加工して発信するまで、数分・・
猛烈に早くなったが、情報提供の重要性は同じである。
但し、送信者の熱意が伝わらない単なるデータでは、
得意先やマーケットを動かせない事は、今も昔も変わらない。
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   <title>『朝日記』</title>
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   <published>2010-01-13T05:58:28Z</published>
   <updated>2010-01-13T06:28:08Z</updated>
   
   <summary>毎朝３０分、昨日のことや考えを『朝日記』に書いている。 『朝日記』を始めたのは、...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://online-plusplus.jp/president/">
      毎朝３０分、昨日のことや考えを『朝日記』に書いている。

『朝日記』を始めたのは、鬱になった友人がいて、何とかその苦しみを理解し、元気を取り戻してもらおうと思い、その関係の本を何冊か読んだことがきっかけである。
      <![CDATA[その中の一冊に、「夜書く日記は、脳が疲労していてネガティブな発想になりやすく、
否定的な思考の繰り返しは精神衛生上よくない」と書いてあった。
逆に、朝の脳は眠った直後なので、「積極的で前向きに思考しやすく、
肯定的に物事を判断する状態にあるので、鬱などの対策にもなる」らしい。

ホンとかね？

友人にすすめるのだから実践してみようと思い、昨年の元旦から書き始め、いつの間にか12ヶ月が経過した。　　　

意識して肯定文での記述を重ねていくうちに、毎朝少し明るい気分で始動できている自分に気づいた。
昨今はよいニュースが少ない朝刊を読む前に、脳をポジティブにしてから一日を始めるのはいい事なのかも知れない。　

『朝日記』の効果はなにかと言ったら、朝起きたときの明るい気分で物事に取り組む癖がつくことだろう。

５時過ぎの目覚ましの音に励まされ、東の空が明るくなるのを眺めながらペンを取る毎日が今も続いている。

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="" src="http://online-plusplus.jp/president/nikki-4.jpg" width="245" height="146" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></span>]]>
   </content>
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   <title>「ありがとう」</title>
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   <id>tag:online-plusplus.jp,2010:/president//2.12</id>
   
   <published>2009-12-31T15:00:00Z</published>
   <updated>2010-01-01T02:06:41Z</updated>
   
   <summary>あけましておめでとうございます。 先の読めない時代の新年が幕を開けた。そんな時代...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://online-plusplus.jp/president/">
      <![CDATA[<p>あけましておめでとうございます。</p>
<p>先の読めない時代の新年が幕を開けた。そんな時代だからだろうか、ふと、「ありがとう」の言葉について考えてみた。</p>
<p>あるＴＶ番組で、関東人と関西人の気質を比較していた。いくつかの設定に無理があったが、なーるほどーと思わされたのは、<br />買い物をして、支払い時にかける言葉の大きな違いだった。</p>]]>
      <![CDATA[<p>関西人の全員が『ありがとう！』もしくは『おおきにィ』と言い、 <br />金を受け取る側も笑顔で『おおきにィ』と言う。</p>
<p>しかし・・・関東では、そうではないらしいのだ！</p>
<p>関東人の９割が『どうも・・』と言いながら金を払っていた。　　１割は無言だった。</p>
<p>『どうも・・・』・・・？　売り手も、買ってもらって『ありがとう』が普通だと思うのだが・・・</p>
<p>考えて見ると関西育ちの私は、支払いのとき、無意識で店員に『ありがとう』と言ってきた。何に『ありがとう』と言っているのかというと、包む作業、正確な釣り銭の段取り、にっこり笑顔のトータルな状況に、感謝している自分がいる。</p>
<p>ある日試しに、買い物のあと『どうも・・』と言ってみた。返事も『どうも』で、なんだか嬉しくなくて、損をした気分だった。</p>
<p>関東人はなんでモノを買ったとき、笑顔と『ありがとう』をセットにしないのだろう？いろいろな意見があるとは思うが、関東育ちの人にとって『どうも・・』は、ありがとうの枕言葉なのかも知れない。東京は好きだけど、枕言葉だけの省略文化は気にかかるなぁ。</p>
<p>さて、話は変わるが、プラスファニチャーカンパニーには、「ありがとうの木」というホワイトボードがある。改めて言葉にはできなかった「ありがとう」の一言を付箋紙で貼り付け、その木は実をつけていく。毎月たくさんの実がなり、自分宛ての「ありがとう」の実を受取った社員は、一回り成長して、またどこかで「ありがとう」の種をまくのだろう。</p>
<p>去年まいた種が、今年もどこかで大きく大きく実をつけ、お客様から「ステキなオフィスをつくってくれてありがとう」と声をかけていただいて幸せな気分になる、そんな一年にしていきたいと思います。 </p>
<p>お読みいただいて「ありがとう」、本年もよろしくお願い致します。</p>
<span style="DISPLAY: inline" class="mt-enclosure mt-enclosure-image"><img style="TEXT-ALIGN: center; MARGIN: 0px auto 20px; DISPLAY: block" class="mt-image-center" alt="arigatou.jpg" src="http://online-plusplus.jp/president/arigatou.jpg" width="500" height="257" /></span>]]>
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